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Oh my 人生 (Oh my life)

小森悠矢の生活と人生ともろもろ。Life, daily experience and everything of Yuya Komori.

白洲正子を読む、富士山に出会う

正月休みから白洲正子を読み始めました。

戦後に活躍した随筆家で、当代きっての目利きでもありました。

 

フィールドは、能にはじまり、骨董、着物、お茶、お花、食べ物、文学、もちろん人、さらには神仏にまで及び、とにかく良いものを見極めることに長けていました。
(ちなみに、GHQに「従順ならざる唯一の日本人」といわれていた白洲次郎の妻でもあります)

 

そんな白洲から「日本の美」を学ぼうと思い立ったのです。

白洲の著書を読み、白洲について書かれた本を読み、
そして、今朝、東急線に揺られながら読んでいたのは
白洲正子"ほんもの"の生活」という本です。

白洲正子“ほんもの”の生活 (とんぼの本)

白洲の文章とともに、彼女が愛した物々が写真つきで紹介され、また彼女と親しかった人たちが彼女について述懐しているもので、
浮かんでくる情景と人柄が実に楽しい一冊です。


最後の章は、
白洲が幼少時代を過ごした御殿場の別荘について書かれていました。
幼いころから感性が鋭すぎたために、友達に馴染めず、
富士山の麓をひとり駆け回っていたそうです。

そんな生活から、白洲正子の自由奔放さが生まれたのではないか、と結んでありました。

 

本を閉じ、目を窓の外にむけると、
遠く尾根の向こうに、なんと富士山が顔をだしました。

白い雪に覆われた、なだらかな曲線。
確かに、富士山でした。

 

特別、神々しい感じこそないですが、
ねちっこさのないやさしさとでも言うような、自然ないでたちで、
すっと私に入ってくる感じを受けました。
きっと、冬の澄んだ空気も関係していたと思います。

そうこう考えているうちに、
ひと駅も待たずに富士山は東横線の町並みに姿を消しました。

 

新横浜の企業に勤めて、もうすぐ5年になりますが、
東横線から富士山が見えるとは知りませんでした。

新しい発見といえばそうなのですが、
「富士山を自分が見つけた」とか「自分が見た」という感じではなかったのです。

 

富士山が会いに来てくれた、
もちろんあんな大きな山が動くはずは無いのですが、
でも、そうとしか思えないのです。

富士山を「自分から見た」ことは幾度もありますが、

富士山と「出会った」のは初めて経験でした。

 

そして、出会いとは、こちらが求めるものではなく、
向こうからやってくるものなのかもしれない、そんな考えも浮かんできました。

 

そういうわけで、今年は気張らずに、流れに身を任せてみようと思います。
出会いは、自ずと訪れると信じて。
そうすれば、富士山だってひょっとしたら動くかもしれない。

 

申し分のない読書の余韻でした。